Divine Intervention
黒のストラトだ。決してリッチーブラックモアが好きだった訳では無いけれど。
最初はまともに練習もしなかったし、そもそも練習の仕方も良く分からなかった。
カセットテープ(!)に合わせ、気儘に掻き鳴らしているだけ。
暫く経ってから、漸く1曲通して弾く事が出来た。
その曲は今でも覚えている。ツェッペリンのカスタードパイだ。
「ヤングギター」に載っていたタブ譜を見ながら、何とか通して弾く事が出来る様になった。
そこにノリなんてものは無い。ただ譜面を追い、コードを押さえ、弦を弾いていただけだ。
それでも、少しずつ弾ける曲は増えていった。「その曲は弾ける」って程度だったけど。
その後、ニューウェイヴやシューゲイザー、グランジの波を掻き分けて、10代後半を過ごす。
ギタリストという点では、ジョニーマーとジョンスクワイアに憧れ、必死にコピーをしていたな。
カポの洗礼の前に泣く事も多かったけど。
後はThe Byrdsね。The Byrdsにはその後も長く付き纏われる事になる。ワシが好きになる
バンドの背後には悉く彼等が聳え立っていた。12弦の流麗なアルペジオとサイケな不協和音。
彼等は最高だ。
その頃には、ギターで世界と戦っていくんだ、なんて恐ろしい事を考えていた。いや、実際今でも
ギターは立派な武器だと思っているけどね。少なくとも学校の教科書なんかよりずっと使えるぜ。
畏れ多くも自らを一人のギタリストと捉えるならば、最も影響を受けたアルバムは断言出来る。
Matthew Sweetの「Girlfriend」だ。これまでの人生で最も数多く聴いたアルバムだろう。
リチャード・ロイドとロバート・クワイン。神経質で豪放なプレイに魂が揺さぶられる。
各楽器が伝える空気。必然の位相。完璧にパッケージされたアナログ感。そこにバンドが在る。
このイントロを聴くと未だに血が沸き上がり、絶妙な間合いのカッティングに心が刻まれる。
無人島レコードベスト10には入れるね、絶対。
大学に入り、全額給付の奨学金でギブソンのES-335を買った事は絶対に内緒だ。ご期待に
沿えず、大変申し訳ありませぬ。
その頃には、一通りのコードやスケールを身に付け、大抵の曲は耳コピ出来る様になった。
イングヴェイとかドリームシアターみたいなのじゃ無ければなw
テンションコードに関心を持っていたのもこの頃だ。
「Pet Sounds」をコピーし、ブライアンウィルソンを恐れ、いわゆる「ソフトロック」のレコードを
聴き漁っては、奇想天外なコード進行や黄金パターンの転調に興奮する奇妙な二十歳。
大して興味も無いボサノバのコードブックを購入したり、ジャズを聴いて刺激を受けたり。
全てが楽しかったなー。素人ギタリストとしては、最も色々なものを吸収した時期だったかも。
一番新しいギターはリッケンバッカーの620。妻が購入したのを何となく横取りした。
でも、仕事を始めてからは、ギターに触れる機会がめっきり減りました。ちょっぴり寂しい。
ただ、ランニングや駅で電車を待つ間には、いつでもJ・マスシス師匠のプレイに涙を流している。
60代くらいまで生きていれば、DinosaurJrのカバーバンドをやろう。本気で。
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「Feel the pain」のPV、懐かしいですね。
これってスパイク・ジョーンズがJに「何かアイデアはある?」って聞いたら
「ゴルフして人を殴って回る」って答えたことからこの内容になったらしいです(笑
私は中学の時に「アキレス最後の戦い」を聴いてロックの洗礼を受けました。
初心者でも凄さが分かるボンゾのドラミングに度肝を抜かれて
ジョン・エントウィッスル作の「ボリスのくも野郎」で脱線しました。
しかし凄い邦題です。これ以上の邦題を私は知りません(苦笑
ブライアン・ウィルソンもポール・マッカートニーもベーシストですし
ジョン・エントウィッスルに憧れてベースの購入を思い立ちますが
彼の映像で残っているのは70年代に使用していた自作の通称フェンダーバード。
どこに行っても売っているわけはなく、誰に尋ねて良いのやら分からず、
結局初めて手にした楽器は友人の兄から安価で譲ってもらったテレキャスでした。
高校の時にバンドの真似事をしていましたが、
ヴォーカル担当だったので全くギターは上達せず。
働き始めてからマーティンの最も安価なギターを買って現在に至ります。
今振り返るといきなりジョン・エントウィッスルからなんて入らないで正解でした。
1日で挫折する自信があります。
| スーザン | 2012/02/21 02:52 | URL |